20日に青春18切符で電車に乗り、この日は博多まで行くつもりでしたが、山口県の大雨で運行ダイヤが大幅に遅れ、結局山口県の徳山で足止め。
仕方なくネットカフェで就寝。あまりにも寝れないので、鹿児島ではホテルに泊まるぞ!と思い、当日の朝、ネットで3500円のビジネスホテルを予約。
ネットカフェを出てみると豪雨にびっくり。駅にはたくさんの人。
大雨で電車が上り下りとも前線ストップ。1、2時間後にようやく臨時バスが出ました。
川のような道路を水しぶきをあげながら走り、各駅に止まりながら下関方面へ。
バスから見える景色は悲惨でした。
床上浸水して膝まで水に浸かりながら玄関でたたずむ夫婦、
何色も示さないまま立っている信号機、
24時間消えるはずのない光が消えたコンビニエンスストア、
どこからが川でどこからが道なのかわからないくらい浸水してしまった地域……。
そんな場所を通過しながら少しずつ南へと進む。
ほんとうに22日に屋久島につけるのだろうかと思っていたとき、ひとりの女性に話しかけられました。その人も日食を見るために鹿児島に向かっていたので、お互いとても心強くなりました。
臨時バスのおかげでなんとか下関に着き、電車に乗れました。
博多に着いたときにはもう空は暗くなりかけていたので、急遽高速バスに乗り換え鹿児島へ。
ホテルについたときにはもう深夜の12時でした。
22日の当日、早朝6時にホテルを出てフェリー乗り場まで歩きました。
皆既日食にギリギリ間に合うフェリーの窓から見える景色は雨模様。
10時半に屋久島に着いたときには雨は上がっていましたが、分厚い雲が……。
直接日食を見ることはできませんでしたが、その場の雰囲気を味わうことができました。
感じたことをまとめてみます。
ある人が、海外で皆既日食を見たときのことを僕に語ってくれた。皆既日食が始まるとあたりは真っ暗になり、気温もだんだん下がって肌寒くなる。そして月が太陽の上から出るとき、朝の夜明けのように光が注ぎ、世界が一変する、と。その話を聞いてこう思った。
“皆既日食は見るものじゃなく感じるものだ”
そしてその世界を感じてみたいと思った。その暗さを、その肌寒さを、その光が戻る瞬間を。天気があまりよくないことははじめからわかっていた。けれども、雲のせいで直接日食が見れなかったとしても、その暗さと雰囲気は感じることができる。そう思った。
そして屋久島に向かった。天気は予報通りの悪天候。
皆既日食が始まる時間が近づくとあたりはだんだん暗くなってきた。その暗さは日が沈むときのような暗さじゃない、今まで体験したことのない暗さだった。脇の下からふっと持ち上げられるような浮揚感と不安感を感じた。その薄い暗闇は僕らの世界から徐々に光を取り上げていった。普段当たり前のようにそこにあった日常が少しの間割かれた。
ふと地上に目をやると、いつの間にかフェリーや建物に電気が灯り、夜のようになっていた。
食が最大になる時間が過ぎ、奪われていったときと同じスピードで徐々に光が戻ってくる。そして、日食を見に来た観光客に普段と同じ日の光が当たっている光景を見たとき、僕はその日常に対して安心感と幸せな気分を味わった。
太陽に生かされている、僕らは自然に生かされている、そのことを強く感じた。
観光客の多くは太陽が見えなかったとぼやいていたが、実は見るべきは太陽ではなく、その光が注がれている地上だったのかもしれない。
この異常な現象は、そんな当たり前にあると思われがちな日常に目を向けるためのシグナルだったのかもしれない。
それでも人は、この有り難い日常を当たり前のように感じてしまいますよね。
自分もそうです。
今回は皆既日食を見ることはできませんでしたが、いい体験ができたと思います。
皆既日食を見てからずっと追いかけている人がいるという話をよく聞きます。
俺も、チャンスがあるときに日本を出て皆既日食を感じたいと思いました。
(この後の帰りのフェリーは、キャンセルが出てなんとか無事帰ることができました。)
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